痛みの原因を見極める


人間にとって、痛みは体の異常を知らせる信号である。確かに体のどこかが痛いのだが、信号の発信元が体であったり心であったりする。痛みの本当の原因がどこにあるのかを見極めることが大切である。

例えば頭が痛い場合、頭の内に腫瘍か何かができている時もあるし、心配なことがあって頭が痛い場合もある。血圧が高くなったり熱が出たりしても頭が痛い。だから、その頭痛は何が原因で起こっているかを突き止めることから治療が始まる。

鎮痛剤で痛みを和らげることは簡単であるが、それでは本当の治療にはなっていない。原因がハッキリするまでは、むしろ痛みという信号を残しておいたほうが長い目で見ればよいことだ。体を鍛えたりストレスを取り除いて、痛みが自然に消えるようにするのが一番良い方法である。

先天的に痛覚の欠如をしている人は、やけどをしても分からないし、けがばかりしていて長生きすることができない。痛みと言う信号があるから、体を休めたり守ることができるのであって、痛みを薬で抑えると、かえって無理をして余計に骨を傷めたりすることがある。

ただ、末期がんのように治すことができない病気で体が痛む場合は、まず薬で痛みを止め、後は体力ができるだけ落ちないように少しずつ運動するようにするとよい。

バランスのよい体になろう


体力の高い人とは、肉体的に見てしなやかでバランスがとれており、ストレスに強い精神力を持ち、素直な考えのできる人をいう。
体力の高い人ほど循環器系の病気にかかりにくく、肩こり、腰痛などになりにくく、がんの死亡率が低いことは、いろいろな調査結果から明らかになっている。従って、いつまでも若々しく病気をしないためには、日常生活の中で規則正しく運動を取り入れ、体をできるだけ鍛えることである。
私たちの体は二十歳を過ぎると、少しずつ老化が始まるが、高い体力で一日二十四時間を過ごせば疲れも少なく、一日の老化幅は小さいことになり、いつまでも若さを保つことができる。
また、体力の高い人は睡眠時間も少なくてすむし、二十四時間をフルに使うことができ、一日が有効に使えて、きょうよりもあすと、日々進歩することになり、人生は豊かになる。実際、病院で患者さんを診察していると、病人のほとんどは肉体的、精神的に疲れている人たちで、体力のある人には病気は近づかないものだ。
忙しくて運動をする時間もないといっている人ほど、体を鍛えて一日をより有効に使うようにしなければ、無理なことをしていると必ず病気に近づいていることになる。

医療人としての心がまえ


暑さ厳しい日々が続いていますが、その中でも毎日運動を続けることは大事です。皆さんには患者さんに指導する以上、率先して運動を頑張るように言っていますが、これだけ毎日運動をする集団というのは中々ないです。少なくともほかの人たちよりも持続力と集中力はついているはずです。

こうすることによって人間の能力は自然とあがっていきますが、やる気というのは周りの雰囲気に惑わされます。ここまでできるようになったら、もっと、というように目標を決めていかなければいけません。目標を立てることと、ここまで自分はやってきたというプライドを持って前に進んでいかなければなりません。止まったら駄目です、暑いからまぁいいか、とやめてしまったらせっかくついた力も落ちてしまいます。

自分は一ヶ月でここまで出来た、だから他の人に負けるはずがないと自信をもたなければならないし、同時にもっと自分を上に押し上げるよう益々努力をしなければなりません。そういうことが人生大事だし、常にやってきたという自信を上乗せしていくことが大事です。

毎日ちょっとしたこと(例えばレッグマジック朝晩50回ずつ、腹式呼吸朝晩10分ずつ)でいろんな意味での持続力と集中力は間違いなくついてくるし、自分でもっと自信をつけていって下さい。

暑いときはみんな暑いし、しんどいものです。それでも頑張ってやれば、一年すると他の人が追いつけないぐらい体力と自信に差ができるので、どんどん頑張って下さい。

三方一両”得”に変換を


診療報酬が二・七%引き下げられることになったが、小泉首相の言う三方一両損で、果たして医療費の増加を抑制できるのだろうか。
患者は自己負担が上がって一両損、健康保険料を支払う国民は保険料が上がって一両損、医療機関は診療報酬が下がって一両損…と、みんなが痛みを分かつことにより、三千兆円を超えている国民総医療費を抑制しようとしている。
しかし、このような改革は、むしろ診療を受けにくくして病人を増加させ、一生懸命、自己管理をして病気を予防している人たちの保険料を上げて負担を重くし、診療報酬を下げることにより医療の質を低下させる…と思われる。このような改革は結局、医療費の膨張を招く可能性が大である。
保険制度のために医療があるのではなく、人のために医療があるのだから、だれもができるだけ病気をしないで、健康で長生きすることを望んでいるのであれば、医療が健康づくりに機能するように制度を変える必要がある。病気を治す医療から、健康をつくる医療への変換である。
医師は健康をつくることにより収入が得られるように、保険制度を根本的に変えることである。このことにより、三方一両損ではなく、三方一両得になるはずだ。

対症療法の功罪


けがなどを除いて大抵の病気は家庭や会社でのストレス、食生活の乱れ、運動不足など精神的、肉体的疲労から起こっている。

だから、患者さんは心身ともに落ち込んだ状態にある。ところが、病院ではこのような患者さんに対して検査をして、薬・注射、時には手術によって治そうとしている。根本的な原因を探り、それを改善することはあまり行っていない。

これは出来高払いという現在の医療保険制度に問題があり、薬の投与や手術などを行うことに対して医療費が支払われるシステムになっているためで、時間をかけて病気の原因になっている情報を集め、患者さんや家庭と相談しながらカウンセリングや運動指導によって病気を根本的に治すという方法が正当に評価されず、薬や注射中心の対症療法になってしまっている。

また、現代医療は非常に細分化され、ほとんどの医師は脳外科や耳鼻科などの特定の狭い専門分野で勉強しているため、精神面を含めて病気を全人的に治療するということを苦手としている。

少子高齢化が進み、できるだけ医療費をかけないで病気を治さなければ国家財政も維持できない時代には、看護婦・カウンセラー・運動療法士などがチームを組み仕事を分担し、医師と一緒になって情報の収集から原因を分析し、患者を指導し、できれば一生病気をしない身体にすることが必要である。

そのためには、医師中心の医療からチーム全体で医療を行うチーム医療への脱皮が必要であり、特にカウンセラーによる情報の収集・分析は今後最も大切なものになろう。

病気にさせない医療


医療には「手術や薬で病気を治す医療」と「正しい生活習慣を指導することによって、病気になりにくい健康度の高い身体をつくる医療」がある。

世界でも例を見ない少子高齢化が進んでいる日本が豊かになるためには、日本人一人一人が人並み以上の体力と精神力を養い、高い健康状態をつくり上げることが今世紀の大きな課題である。

私たち人間は、歳をすぎると少し老化が始まり、いずれは死を迎える運命にあるが、できればいつまでも若々しく、元気で充実した人生をまっとうしたいものだ。

そのためには「病気にさせない医療」にもっと目を向けなければならない。特に、政治家、医師などは自分自身の健康度を高める努力をし、レベルの高い健康体をつくり上げてこそ、その発想が今日の日本のさまざまな問題の解決につながるはずである。

病気は主に、ストレスと体力の低下から起こっている。豊かな物質文明は、私たちに便利で楽な生活を提供してくれるが、その反面、運動不足による体力低下と、裕福さから来る精神力の低下をもたらしている。

これからの医療は、手術や薬を補助的に使いながら、一方でバランスの取れた生活習慣を指導し、強靭で自然治癒力を備えた身体と精神力をつくり上げるということにもっと力を注ぐべきである。

ペインクリニックと今後の医療


医療の歴史は痛みとの戦いであったとよく言われるが、現代人を悩ます痛みは主にストレスと体力低下から起こっている。豊かな物質文明は私たちに便利で楽な生活を提供してくれるが、その反面運動不足による体力低下と裕福さから来る精神力低下をもたらしている。それが厳しい環境を押し返す反発力を弱め、ストレスと体力低下を更に増大させて、痛みを訴える人々を増大させている。

少子高齢化が世界でも例のないスピードで進み、核家族化し世代間のコミュニケーションも粗になっている日本では、このようにして起こる体の痛みと心の痛みを訴える患者は増える一方で、このままだと国の医療財源は枯渇する。

個々の精神社会的なケアーにも向き合える疼痛治療の確立が求められているが、日本の医療制度のうえでは十分実施できない構造が作り出され、身体的な疼痛除去を中心とした治療内容になってしまっている。

しかし、二足歩行で生活している私たちにとって、脊柱を支える筋群のバランスをよくし、脊柱の退行性変化を防ぎ、神経の通り道を確保することと、人間関係を密にし、心を豊かにしてストレスを減少するという、今まで医療が十分取り組んでいなかった心身両面からのアプローチをすることによって、疼痛を訴える人を救うことができると確信している。